まんが日記『カノン劇場』

作者ごあいさつ

〜『カノン劇場』制作にあたって〜

kappa

2011年3.11は東日本大震災の無残な姿が毎日報じられていた頃、私の脳内が津波のような溢血でリタイヤするハメになった。
左半身マヒ。
その時のショックは大変なもので、しまったこれで一環の終わり──
そう思った。

弱者の身になって初めてわかる恩恵の数々に泪を禁じ得なかった。こういう私を支えてくれたのは家族や周囲のやさしい介護。“生きている”から“生かされている”になって、こうしてはいられないお返ししなくっちゃ!と新しいエネルギーが湧き出してきた。

ダウンする前、カノンという介護支援事業所の依頼で絵手紙教室の時間を受け持っていたとき、お絵描きで指先を使ったり、通し昔の唱歌をみんなで唄えば元気が生まれることを見せられ、「これだ!」と思った。幼児体験や懐かしい心のふるさとに帰郷するお手伝いをすればいいんだと気が付いたのだった。

おしゃべりしたり笑ったり、おまけに泣いたりすることって人間にとってどんなに大切なことかを知らされ、人が人間となるための道程には“光と陰”が欠かせない必要条件との想いを深くしたのだった。お笑い番組然り、ドラマ然り。
中でも当時『あまちゃん』のドラマは日本中が復興の意欲を引き出された笑いだった。
笑いの影に泣きがあり、後悔がある。
そう、クスッからアッハッハとなるレールを敷いてやればいい。『あまちゃん』の鉄道のように…。
チョッピリでもクスリは効いてくる。使い方を誤れば毒にもなるのが薬だが、笑いのクスリで死んだ人はいない。私はクスリの仕かけ人になればいい。下品ではなく、上品過ぎでないクスリを生み出す熱に浸された。

ネタは毎日の出来事が運んでくれる。
ベッドの上であれこれ選択可能、目的意識っていう、まるで子どもの頃の遠足前夜のような気持ちを味わっている。
こうして始めた『カノン劇場』のタイトルで一口マンガを描き始めたベッドサイドでのライフワークが、感覚・思考・行為に更なるリハビリ効果をもたらしたと感じている。

笑いは人生を元気にする。『笑門招福』は生きたコトワザであることに間違いない。ならばリアクション人生のミッション(使命)として、自他の復興に役立つはず。これぞ心の銀河鉄道とマジに思った。なんたって宮澤賢治のふる里花巻を母心として生きてきたひとりだから。“雨ニモマケズ、風ニモマケズ”の精神をしっかり受け継ぐ我らのツトメであることを改めて思った。

ところがネタが3つもあると欲張ってハットトリックをねらい失敗作になる。味のソムリエは自分に甘い点数をつけてしまい、客観性を見失うことを戒めながら昔取ったキネヅカのおじんギャグを掻き集めて描きまくっている。
自己満足の業の為せるワザか──。否そうではない。私に最も点の辛いカミさん以外はホトケさんみたいに笑ってくれる。みんないい人ばかりなんで目安にならない。とにかく描きまくっている。

笑いを届けることになったイキサツを述べました。
元気をいただいた私が次に元気をお分けする。いわば“与えられる側から与える側になる”ことってワクワク・ドキドキが倍増することだと感じております。
皆さん、ヨロシクおねがいします。

2014年 吉日 うしおじいじ

One thought on “作者ごあいさつ

  1. シミズ ツネオ

    暑中お見舞い申し上げます。 
     昨日、カノン劇場漫画本いただき拝読いたしました。昔懐かしい思い出、最近の忘れていた様なニュウスから日常のほのぼのとした出来事まで、笑いの中にもいろいろなことを感じさせる内容で、大変べんきようになりました。ありがとうございました。
     まだまだ暑い日が続くようですが克暑で劇場を続けてください。

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